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キューパ危機とウクライナ危機・・・その七

 皮肉なことですが、民主主義政権の誕生で、西側陣営も喜んで歓迎します。親欧米の閣僚人事を任命しましたが、肝心な改革が行わず、経済も依然として低迷でした。しかも選挙戦で共に戦った盟友ティモシェンコとの反目や対立の末、支持率が1桁に落ち込み、その結果、「革命」によって、大統領を失脚したヤヌコーヴィチは2010年の選挙で再び大統領就任の始末になってしまいました。

 2013年ウクライナはEUと政治・貿易協定の調印を控えて、ロシアとの関係の配慮で、政府が調印を見送りました。親欧米の野党勢力が猛反発しました。また、大規模な反政府デモが発生し、国内は騒乱に陥ります。2014年2月に入っても事態の収拾がつかず、ヤヌコーヴィチ大統領がロシアへ亡命しました。ウクライナ議会はヤヌコーヴィチ大統領の解任決議を行い、ウクライナに親欧米派のトゥルチノフが大統領代行となりました。

 クリミアも大きな支持基盤としたヤヌコーピチは、選挙で選ばれた合法的な大統領ですし、任期もあと一年しか残っていません。反政府デモを受け、譲歩姿勢も見せていました。立派な民主主義なら、1年後の選挙で正当な決着を付ければ、筋だと思いますが、どうも親欧米反政府勢力の一部が先鋭化し、激しいデモでヤコービィチ政権を追い詰め、体制を暴力的に打倒したことに後の国民統合にとって非常にマイナスに働くことになります。ヤコービィチは二度目の失脚になりましたが、後にこの「政変」を「尊厳革命」と美化されます。

 過激な右派政権が誕生した後、ウクライナにロシア系住民が生活基盤としている地域が多く存在しているにも関わらず、エスノナショナリズムが一層強くなって、ロシア系住民は肩身の狭い思いをするようになりました。特にクリミアが大きな支持基盤となった前政権が暴力的な「政変」に倒されました。クリミアの人々はウクライナのありようが勝手に決められてしまい、2級市民になるのではないかという危惧が生まれました。ロシア回帰の機運が高まり、2014年3月6日にクリミア議会はロシア連邦に加入する方針を決定し、3月16日住民投票を実施しました。投票の結果、95%以上の票がロシア編入を賛成しました。投票そのものもロシアの息がかかったものではと西側の憶測もありますが、事実はどうであれ、クリミア住民の心はすでにロシアに傾いていました。

 

 

株式会社中和 ラッキー プリント 社員一同

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